萩生まれの著者が、地の利を生かして集めた珍しい聞書・逸話集。 | |
松陰余話 | |
福本 椿水(福本義亮) | |
マツノ書店 復刻版 | |
2004年刊行 A5判 並製(ソフトカバー)函入 180頁 パンフレットPDF(内容見本あり) | |
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『松陰余話』 目次 |
松陰先生の内外国策について 松陰先生の経済観 村塾での養蚕 松陰先生の労働観 松陰先生の学校論 松陰先生の女子教育 封建時代の民主教育 松陰先生の蘭学について 野村和作の入門 中谷正亮の塾生誘導 村塾えの通学問題について 松陰先生の門生実質数 松下村塾雑話 松下村塾の建物 村塾の増築 柱の刀痕は誤話だ 二階附の小座敷と茶室 松陰先生母滝子の心使い 永久に保存を望む大銀杏樹 森田家の駕籠 村塾の番人 内の先生はお寝(やす)み避ばされない 村塾の行事 杉家の旧宅瀬能家について 松陰先生の絶食問題と母の滝子 松下村塾と久保塾 松陰先生刑死後の松下村塾 松陰先生の家学後人について 松陰先生の読書勤学」 金山寺味噌での苦学 松陰先生の書 松陰先生とその日記 便所の中での浄増璃本 本で懐中がふくれていた 松飯先生藩居の画輪亭 松陰先生の誤伝情 松陰先生の誤伝歌 松陰先生の松陰号について 松陰先生の用猛について 気体血肉相通の同志を残さん 至試実行の三大義 松陰先生の歴史観 松陰先生の地理観 松陰先生と清水口の高洲家 いつ頃樹々亭に移住されたのか 松陰先生の藤原姓 杉・吉田家の宗旨 杉家の家法」 松隆先生の親戚関係 親孝行の松陰先生 親切なよい先生 清正公に祈願せらる 松陰先生の女弟子について 近よれば臭い 綽名の仙人松陰先生 松陰先生の禁酒禁煙 純主慶親公 松陰先生を悼まる 松陰先生の平岡剣道えの入門 袋竹刀での打ち込み 松陰先生の肖像について 松陰、烈婦登波を激励す 松陰先生護送の駕籠が小新道をまわる 坊主頭の松陰先生 松陰先生の名著孫子評註 松陰先生の肺病問題 松陰先生の獄舎掃除 砂を払って愉快々々 仏壇の燈明が消えた 討幕親征の錦の御旗 松陰先生の刑死時の門生年齢 奇傑と呼ばれた天野精三郎 鳴呼、岐山和尚 李卓吾とはどんな人物か |
人間松陰に迫る証言集 萩市特別学芸員 一坂 太郎 |
戦前から戦後にかけ、神戸で実業家として活躍する一方、吉田松陰研究家としても著名だった福本義亮(故人につき敬称略、以下同)は、二十冊ほどの松陰とその周囲に関する著作を残し、昭和三十七年(1962)、七十六歳で世を去った。 福本の「松陰モノ」の魅力は、オリジナリティーあふれる内容にある。萩出身という強味を活かし、珍しい史料や逸話を豊富に集めている。特にこの度復刻される『松陰余話』は、古老からの聞き書きをまとめたもので、福本の真骨頂とも言うべき作品だ。ただし東京の山口県人会から出版されたのは、福本没後の昭和四十年のことである。 福本は昭和十年に誠文堂新光社から出した『吉田松陰 孫子評註 訓註』の最後に、「松陰先生の逸話集のようなものが欲い…これは古老の言による外はない、而かも老人は年々となくなるのである、いまや、一日を延ばすことが出来ない、鳴呼松下に誰か其人なきや」と述べているから、『松陰余話』の完成は永年の宿願だったことが分かる。それほど強い思いが込められた本なのだ。 『松陰余話』は全部で六十四話から成っているのだが、私が特に興味を覚えるのは、四十九話の「松陰先生の平岡剣道えの入門」だ。ある時、萩にいた松陰は、「儒家に生まれたとはいえ、腰間に雙刀を帯ぶる以上は、これを用いる道を知らでは、武士の面目が相立ち申さぬ」と、剣道師範の平岡弥兵衛に入門を乞うた。しかし平岡は、松陰が体力的に剣術修行に不向きだと思い、次のように諭す。 「私の見る所をみてすれば、貴殿の門生を教えらるるは真の人間を造らるるにあるように拝察する。某の子弟を教ゆるもまたこれに外ならないのである…文武その道を異にすとも、その真の人間を造る精神に至っては少しも変りはないわけである…貴殿が心胆、すでに読書工夫によって錬磨の極に達し、しかもなほ斬撃の余技をも修めんとさるるなれば、むしろ、その時間を以て諸生の教育に任ぜらるるに如くはあるまい、荷くも靖献の大安心さえあれば、剣を用いるの法を知らずとも、毫(すこ)も恥するに及ばないのではあるまいか」これで松陰も、納得したという。武士といえども、誰もが文武両道に適しているわけではない。個性を尊重する風潮が幕末長州藩にあったことを、この逸話は教えてくれる。だからこそ、組織からははみ出さざるを得ない松陰や高杉晋作、伊藤博文といった個性的な若者たちに、活躍の場が与えられたのだろう。 『松陰余話』を紐解くと他にも、筆の軸で火鉢の火をかき起こす癖があったという話、便所で浄瑠璃本を読んでいたという話、入門を希望した者に「まさかの時には、お国のために汝の命を預かってもよいか」と語気鋭く答えたという話等々、生身の松陰に接した者でなければ、知り得ない逸話が次々と紹介されている。文献史料では分からない、血の通った松陰像がそこにある。それらは福本が記録していなければ、今頃は大半が忘れ去られてしまっていたであろう貴重な証言だ。類書の無い史料としてはもちろん、魅力ある人間松陰に迫るためにも、一読をお勧めする次第である。 (本書パンフレットより) |