吉田松陰全集の編者が松陰の思想と行動を 縦横に分析総合する一種の「吉田松陰百科事典」 |
吉田松陰の研究 広瀬豊著 |
A5判・上製函入・約800頁 |
ホームページ |
▼紀田順一郎氏も指摘しておられるように、本書は史上唯一の『松陰百科事典』ともいうべき本である。小項目主義に近いので、どこからでも読め、どのペ−ジにも松陰の生きた姿が躍動している。研究者の座石必備はもちろん、読み物としても面白い。 ▼内容は実に幅広く、名著『吉田松陰全集』の編集を体験した著者ならではの考察が随所にうかがわれる。松陰周辺の人間関係をも含め、従未あまり取り上げられなかった様々な間題に、入念なメスを入れている。 ▼したがって、読者が松陰に関する史料や事項を調べようとするとき、本書の目次を頼りに調べたい史料や一項目を探せば、一応の手掛かりは得られる。 ▼本書の元になったものは、広瀬豊著『吉田松陰の研究』(武蔵野書院、昭和5年刊)と、同著『続吉田松陰の研究』(武蔵野書院、昭和7年刊)である。この正続を、その後の研究や史料収葉に基づいて大幅な改定・補筆をおこない、一冊にまとめて昭和18年に刊行されたのが本書である。 ▼本書は、「大東亜戦争」たけなわの頃刊行されたため、用紙も印刷もたいへん悪く、今回の復刻にあたっては原本八冊を使用、それぞれの良いページをとって印刷したにもかかわらず、多少の印刷ムラのあることをご了承願いたい。 ▼今回の復刻に際しては、巻末に、北梅道大学教授、田中彰氏による詳細な解題を付すと同時に、新進の研究者、栗田尚弥氏による研究「吉田松陰と李卓吾」を付し、万全を期した。 |
松陰百科事典として 紀田順一郎 |
|
松陰は清澄峻剛の人である。 歴史上、これだけ人格性、倫理性だけで世界を動かしてきた人はいない。 しかも人格性の張りぼてではなく、溢れんばかりな人間性をたたえている。いわば体温を備えた聖人ともいうべき稀有な存在といえよう。 このようにして松陰は探求すればするはどに慕わしく深みのある存在であるが、幕末維新の激動期を生きた人だけに、そこには思想の変転もあり、多面的な可能件も宿されていた。 短命ではあるが業績は広範囲におよぴ、研究上複難な問題を含む対象である。 ぜひとも、その全貌を鳥瞰し得る包括的な研究書が待望ざれた所以である。 この要望に応えたものとして、広瀬豊著『吉田松陰の研究』一巻がある。松陰に対する並々ならぬ傾倒と実証的な研究精神を発揮して編まれた本書の内容たるや、その学説、思想のまとめから、研究の間題点、史料採訪にまで及ぴ、まことに精細をきわめる。 史上唯一の『吉田松陰事典』と称してあえて温美の言ではあるまい。 私は最近、「文学者の夢・思想家の夢」という内容のエッセイを執筆中、ふと思い立って本書を繙いたところ、「松陰研究の諸間題」の箇所の詳しい記載が出ていた。 しかも山鹿素行との対比において、立体的に浮き彫りにするという周到ざであることに感銘、ここにいたって本書への信頼感はいよいよ揺るぎないものとなったのである。 世上、松陰の夢にまで目配りをした研究書が果してあったろうか。 本書を単に歴史家のみならず、本来の意味における江湖に推薦したい。 |
|
賛辞を送る 奈良本辰也 |
|
ふと思いついて吉田松陰に関する著書を数えてみたら、百冊を超えるはどのものがあることを知って、今更ながら驚いてしまった。その中に私の一書もあり、枯木に花の賑はしかと自嘲したりもした。 しかし、松陰は何時の時代にも省みられる存在で、つねに人々の心を励まし、自省させてきた偉敬すべき人物だ。そして、何よりも目本人的なのである。政治も教育も、この人を省ることで、新しい活力をよみがえらせることができるように思う。 ところで、そうした著書のなかにあって、最初に読書人の心をとらえたのは徳富蘇峰が出した明治26年12月の『吉田松陰』であった。今回復刻される広瀬豊氏も、この本にふれて「この本が一番手取り早く且面自い」と記されている。たしかに、この蘇峰の松陰は、躍動する筆致で、読む者をして心を躍らせるような本だった。 しかし、この本は資料の面に於て、まことに貧弱な時代に書かれたもので、より深く松陰のことを知ろうとすれば、どこか物足りない思いのするものだった。 何と言っても、あの『吉田松陰全集』(岩波書店)が待たれねばならない。あの全集は、まさに画期的なものだった。それは、片々たる書翰のようなものまで見落すことなく探し出ざれて、完壁と言ってもよいはどのものを作り上げた。私は、それを敢行した編集委員の方々に深い感謝の念を抱いている。 その委員の一人が広瀬豊氏たった。氏は、さきの言葉に続けて「それをもう少し教育史的に見ようとならば拙いけれども拙著『吉田松陰の研究』を御覧頂き度い」と記されている。そうだ、広瀬さんの松陰は、その教育史的見地を加えて、立派に松陰像を画き出している。しかし、この本を知る者は少いであらう。なかなか手に入らない幻の名著なのである。マツノ書店の復刻に心からの賛辞を送る。 |